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沿革

HISTORY

ダクト業界の歴史

  • 1908 年

    「赤坂離宮」竣工。
    機械室からタコ足状に分岐したダクトを施工し、主要客室に送風。

  • 1914 年

    「東京帝国大学(現:東京大学)・六角講堂」竣工。
    ダクトにはフランジを使用し、板の継目はこはぜ掛け、ダンパーは 1 枚のバタフライ式か、引き抜き式を使用。
    吹出口には鋳鋼製レジスターが使用された。

  • 1921 年
    ~ 1925 年

    「三越呉服店西館(現:三越日本橋本店)」「丸の内ビル」「郵船ビル」「歌舞伎座」「日本興業銀行(現:みずほ銀行)」「東京帝国大学 安田講堂(現:東京大学)」竣工。
    設備は暖房が主で、ダクトは主に換気に使われた。
    1924 年の帝国劇場改修工事では、客席下のプレナムチャンバーに給気し、床上のレジスターから噴き出す工事が行われた。

  • 1929 年

    「三井本館」竣工。
    初めて採用された製作工法が「ピッツバーグはぜ」で、品質的にも能率的にも優れ、組み立ても簡単になった。以降「三井はぜ」と呼ばれ、現在もボタンパンチと共に存続。
    ※「ピッグバーグはぜ」は、1900年代初期に米国ペンシルバニア州のピッツバーグ市で板金業者の1人が開発したと言われている。

  • 1930 年

    有楽町 1 丁目に「三信ビル」竣工。

  • 1934 年
    ~ 1938 年

    「日比谷映画劇場」「有楽座」「帝国議会議事堂(現:国会議事堂)」「第一生命ビル」竣工。
    この頃には、空調を備えたビル、銀行、劇場等は東京地区で 24カ所、大阪地区で 20 カ所を数える。繊維工場を主体とした大規模工場も建設され、多量のダクトが施工されており、大正の初めから昭和 12 年(1937 年)頃が、空調設備の第一回最盛期と思われる。

  • 1938 年
    ~ 1945 年

    主に軍関係の施設が建設。

  • 1950 年
    ~ 1955 年

    「東京都議会議事堂」「ブリジストンビル」「日活国際全館」「日本相互銀行本店」「新丸の内ビル」「大正海上火災ビル」「第一生命大阪支社ビル」など竣工。この頃より高速ダクト方式が開発され、新宿伊勢丹、渋谷東急百貨店に於いて、全館冷暖房設備が導入される。
    1955 年、米国より自動ハゼ折機(ピッツバーグ)が日本に輸入。

  • 1956 年
    〜 1960 年

    1957 年「読売会館」「東京都第一庁舎」「中央公論ビル」、1958 年「国立競技場」「東京タワー」竣工。
    1959 年には米国の板金と空調工事業者の団体「SMACNA」が、低速ダクト用のダクトマニュアルを発行。

  • 1960 年

    西ドイツのシュベルマー社でスパイラルダクト成型機が開発される。

  • 1961 年
    ~ 1965 年

    1961 年に自動ハゼ折機(ピッツバーグ)が国産化。
    1963 年には「SMACNA」からダクトマニュアルの第 2 版が出版。ここにはボタンパンチスナップロックの空気漏れ量に関する実験報告書が掲載され、「SMACNA」はボタンパンチスナップロックを正式に採用した。
    1965 年「関東空調工業会」創設。

  • 1968 年

    空気調和衛生工学会がダクト設備工事標準仕様書を改訂。ボタンパンチはぜ、S スリップ、D スリップの組合せ、バースリップと D スリップの組合せ、ポケットロックおよびフランジ継手を標準とした。
    この年に「霞が関ビル」竣工。この現場で納期短縮、施工性向上のため、初めてプレハブダクトが採用。その後プレハブダクトは、「帝国ホテル新館」「京王プラザホテル」「新日本製鐵本社」など、この時代を代表するビルに採用される。

  • 1971 年

    新宿地区に高さ 200mを超える超高層備ビルの建築が始まり、工場で大量生産できるプレハブダクトの威力が十分に発揮される。

  • 1975 年

    「全国ダクト工業団体連合会」創設。

  • 1976 年

    西ドイツで開発された「スライドオンフランジ継手(MEZ 工法)」が輸入。

  • 1978 年

    「サンシャイン 60」竣工。1991 年に都庁が完成するまで、10 年以上日本一の高さを誇る。サンシャイン 60 ではスパイラルダクトが大量に採用され、空調工事には無くてはならない地位を確立。

  • 1982 年

    米国ロックフォーマー社が開発した共板フランジ工法を販売。
    共板フランジ成型機を国産化。
    1989 年版の建設省機械設備共通仕様書で、スライド工法と共にその使用が認められ、官公庁をはじめ民間のダクト工事に与えた影響は大きい。

  • 1984 年

    ダクト製作用自動プラズマ切断機が開発され、直管、異形管等の形状に拘わらず、実測寸法をコンピュータに入力する事により自動的に展開し、切断する事が出来るようになる。
    ダクト製作の機械化が進み、工場でのダクト製作が大きく進展する。

  • 1986 年

    CAD 施工図の運用が開始される。

  • 1989 年

    バブルと呼ばれる時期に入り、各地で再開発事業がはじまり、建築業界の絶頂期を迎える。

  • 1994 年

    バブル経済が終わりを迎えると同時に価格競争が激しくなり、ダクト工法に於いても省力化から低価格でできる工法が考案され、保温フレキが多量に使用され始める。

  • 1999 年
    ~ 2003 年

    バブル再来といわれる再開発が始まり、汐留再開発、東品川再開発、六本木再開発、東京駅丸の内地区再開発などが一斉に始まる。マンションではスパイラルダクトの量が増加。耐久性も重視される中、ステンレスやガルバリウムなどの材質も多量に使用される。

  • 2004 年
    ~現在

    六本木ミッドタウン、東京駅八重洲再開発などのオフィスビルや芝浦、川口、豊洲の大規模マンションが建設される。
    ダクト製作用自動切断機はレーザー搭載機が登場。施工方法も新工法が登場している。

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